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教育心理学① エリクソン『アイデンティティー青年と危機』(1968、邦訳2017)

こんにちは!Freewillトータルエデュケーションの井口です!


今回はエリク・H・エリクソン『アイデンティティー青年と危機』をとりあげます。『やさしい教育心理学』(有斐閣アルマ、2012年)の参考文献からとりあげました。


【概要】

 

1. エリクソンの問い

エリクソンはドイツ生まれの発達心理学者・精神分析家で、渡米(ナチスドイツからの亡命)してアメリカ国籍を取得した壮年期以降に、主要著作を刊行しています。


本書はそのエリクソンの主著ですが、そこでの問いは


「自我(アイデンティティ)はどう発達するのか」

「自我が安定的に発達するためには何が必要か」


というものです。


2. 問いの背景

本書の原著は1968年に出版されており、内容としては1940年代後半からエリクソンが刊行した論文をまとめたものとなっています。


つまり、1940年代から60年代にかけて「青年の自我(アイデンティティ)の危機」へのエリクソン流の解答が本書であるということです。


より具体的に言うと、


・1945年に終戦を迎えた第二次世界大戦の退役軍人における精神的混乱

・1950〜60年代の若者のカウンターカルチャーにおける青年の精神的安定性


などを背景として、人間の人格発達におけるアイデンティティの安定性についての研究を進めていったということです。



エリク・H・エリクソン『アイデンティティー青年と危機』


3. 「自我の安定」とは

ではエリクソンが理論化を臨む「自我の安定」とは何か?


本書を読むと「自我の安定」とは


自らがこれまで抱いてきた様々な考えが、一つのまとまりを持ったものとして認識され、

加えてその考えが自らの属する集団の考えとうまく整合性が取れ、

それらの結果として、自分という確固たる独自の存在が、周囲の人間と協力しながら今後の将来を歩んでいける、というふうに確信できていること


であるとエリクソンが考えていることが読み取れます。


簡単に言い換えると、


・自己認識が安定している

・社会とのつながりをもっている

・未来に向けて見通しがたっている


ということですね。


4. 「自我の安定」とライフサイクル

ではどのように「自我の安定」が達成されるのか。

この点についてのエリクソン理論のユニークな点は


人の一生をいくつかの段階に分け、

・各々の段階において、人はある種の二者択一の課題に直面していて

・その課題をどのように通り過ぎたのか(克服したか、失敗したか)が青年期の自我のあり方に大きく影響する


と論じたところです。



エリクソンのライフサイクル論の図式

8つの発達段階ごとに、発達課題が整理されている

(教育学者の溝上慎一氏のウェブサイトから画像を引用)



誤解を恐れず、極めてシンプルにいくつか例を挙げれば、以下のようになります。


乳児期には「自分の外部の世界(他人や事物)を信頼するかか不信をもつか」という二者択一の判断を迫られる。もし母親の愛情を受けずに育つと、世界に対する信頼がなくなり、後々の青年期に自我が不安定になるかもしれない。

学齢期には「自分は勤勉に何かを生産できるか(例えば試験勉強など)、そうではなく何も生産できない劣等生なのか」という二者択一の判断を迫られる。もし劣等感を持ってしまえば、続く青年期において否定的なアイデンティティ(例えば「自分は社会不適合者だ」というアイデンティティ)を持ってしまうかもしれない。


このほかにも複数の発達段階があり、その都度我々は二者択一の判断を迫られ、その判断の結果が後々の自我のあり方に関係してくるということです。



5. 青年期ーライフサイクルの中のアイデンティティ統合


このように乳児期から学齢期まで様々な課題を経験していき、様々な自分に直面します。


様々な自分とは例えば


・母親のことが好きな自分、嫌いな自分

・人前で堂々としている自分、そうではない自分

・勤勉な自分、そうではない自分


などです。


学齢期を過ぎ青年期になると、それまで経験した複数の自己を統合してアイデンティティを構築しようとします。複数の自己をまとめあげ、整合性の取れたアイデンティティを獲得しようとするのです。


もしこの段階で、「自分はこういう人間だ」と定義付けられ、かつその定義付が自らの周囲の規範や考え方と安定的な関係を取り結ぶことができれば

(自分の考えと周りの考えが一致している必要はありません)

安定的に自我が成立していく、とエリクソンは考えます。



塾の文脈での読直し

 

さて、これは塾の文脈ではどのように読んでいけば良いのか。

学齢期から青年期にかけての子供たちを目の前にしている我々としては、

とても重要なテーマであると思います。


個人的には、本書の内容は、

①生徒の言動を見る視点

②生徒にかける言葉

に大きな示唆を与えるのではないかと思います。


1. 生徒の言動を見る視点


生徒の日々の言動をみて、不可解だったり、諭したく(時には怒りたく?)なることはないでしょうか。


・成績をとらないとまずいと本人も思っているのに宿題をやってこない

・1日10分やれば済む宿題を「部活がめっちゃ忙しい」といってやってこない

(たぶんそんなに忙しくないのに)


など、例は枚挙にいとまがないと思います。


上で述べたようにエリクソンは、

発達の中で子供は二者択一の課題に直面する」と考えます。


その視点を取り入れると、生徒たちの上記のような言動は見方が変わり、

彼ら/彼女らは現在直面している発達上の課題に対してもがいているのだ、と考えられるのでないでしょうか。


多くの生徒は勤勉になった方が良いと思っているし、自律的である方が良いと思っています。しかしそういったアイデンティティを確立することは容易ではない。その中でもがいている過程の一つの副産物として、「宿題をやってこない」「遅刻する」といったことが生じてくる。そういうことなのではないでしょうか。


より具体的に考えましょう。


「勉強と部活を両立した方がよい」ということは分かっている。

しかし「両立なんて自分にはできないのではないか」とも思っている。

そのように悩む中で宿題に取り組むことができない。

しかし塾の先生に「家での空き時間に勉強をやらずにだらだらしている」とは思われたくない。その結果として、「部活がめっちゃ忙しくて・・!」という言葉が出てきている。


もしそうであればその生徒は、

「自分は勉強と部活を両立できるかどうか」という課題に取り組んでいることになります。

我々としては「なんだこいつやる気ないな!」と思うのではなく

上記のような視点から、同じ課題のクリアに向けてサポートをしていく姿勢を表明するべきなのではないでしょうか。




エリク・H・エリクソン(1902年6 月15日 - 1994年5月12日)


2. 生徒にかける言葉

では具体的に生徒に対してどのような言葉をかけていけばよいのか。

その方向性を考えてみたいと思います。


2.1 アイデンティティのまとめあげのサポートをする

エリクソンの図式に従えば

(a)生徒たちはこれまでいくつもの発達課題を経験し、その都度様々な自己を生み出してきた

(b)その様々な自己を統合する課題が青年には与えられる

ということになります。


我々は(b)のサポートをする必要がありますが、ここで大事なのは(a)(b)両方に関する「言語化」の手助けなのではないかとおもいます。経験や語彙が少ない青年は(a)の整理や(b)の統合に戸惑い、

いったい自分はどんな人間なんだ??」という疑問を意識的・無意識的に持ってしまうのではないでしょうか。それを手助けするために


「君は〜というところや・・というところがあるよね」((a)の言語化)

「ということは、これからは社会の中で〇〇というふうにやっていけるんじゃないかな?」((b)の言語化)


といった発問・問いかけをしてみることが可能なのではないでしょうか。



2.2 「他人への貢献が承認された」という実感をもたせる

エリクソンは複雑な議論の中で「青年の成長が、重要な他者にたいして良い影響を与えていることを実感することが、青年のアイデンティティ形成にとっては重要だ」といっています。簡単に言えば「自分、大事な人の役に立っているな!」と思えることが、自我の安定には重要だということです。


例えばある生徒と信頼関係が気づけているとして、その生徒に対して


「君は、他人をとても元気にすることができる人間になるんじゃないかな!

実際、僕も君の授業をしていて、君の前向きな姿勢や細かい気遣いを感じて、

とても元気になってるよ!ほら、先生、めっちゃ元気だろ??」


と伝えてあげればどうでしょうか。


生徒は「自分の好きな先生がとても喜んでくれている。そう言ってもらえて自分も嬉しい。たしかに自分はこういうことが得意なのかもしれない」と思うのではないでしょうか。


別にこれは生徒をおだてろというわけではないのです。実際、我々はこのように生徒から大きなエネルギー、貢献をもらっていると思うのです。それをしっかりと言語化させて、いわゆる「iメッセージ」で伝える、そういったシンプルなことが大事なのではないでしょうか。





さて、投稿を続けるにつれて文章が長くなっていってしまっているのですが、

私は「無駄にいろいろ考える」という自分に対して

あまり否定的にとらえていないため(笑)、

言い換えればそういったアイデンティティ形成をしたために、このようになっています。


読んでいただいた方は長々とお付き合いありがとうございました。


自分がこのように「無駄に」いろいろ考えたことが、

回り回って生徒のためになればと思い、

今回は筆をおきたいと思います。


ありがとうございました。

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